Get Back – 私はビートルズという世界的ロックスターのことをよく知らない

Get Back – 私はビートルズという世界的ロックスターのことをよく知らない

『ザ・ビートルズ Get Back: ルーフトップ・コンサート』 が、2月9日(水)~13日(日)IMAX限定公開されていたので観てきた。映画館に行くこと自体数年ぶりだったし、IMAXは初めてだった。今回はその時のことと、それまでの経緯を書こうと思う。ビートルズという実在したバンドについての話なのでネタバレなんて概念はないと思っているが、ネタバレの可能性があることだけは明記しておく。

音楽と私 -中高、そして上京-

私は音楽を聴くことが好きだ。中高と一貫の女子校に通っていたので中学から地下鉄通学だったが、携帯音楽プレイヤーとイヤホンがないと出かけられないほどに音楽を聴いていた。中学受験は結構頑張ったのであまり校則の厳しくない学校に行けたが、制服も変わらない・部活動も中高で分かれていない学校での6年間というのはあまりにも長かった。高校受験をしなくてもよいというのもあり、成績は落ちに落ち、音楽を聴きながら少年漫画を読んでイラストを描いているようないわゆる中二病の陰キャだった。スクールカースト最下層とはいえ友達は多く、写真部の部長を(ほかの学年に部員がいないから)何年もやったりした。

どういう経緯で音楽を聴くようになったかあまり覚えていないが、「あの頃のロキノン」が大好きで、学校の授業後に予備校、というか河合塾に行く前にタワーレコードにわざわざ寄っていろいろなものを試聴し、時間が来たら塾に向かうような生活を送っていた。すでに解散していた NUMBER GIRL を試聴して、意味が分からないと思いつつも何度も何度も聞いていた。写真部の活動は週1だしほとんど雑談で終わるような地味な部で、目立った活動は文化祭で写真部展をやる程度だった。バンドをやる部もあったが先述のように部活動が中高で分かれておらず、その部に関しては中一以外で入ることは難しかった。同じような音楽を聴く友達がほとんどおらず、「好きなバンドの出身大学・出身サークルに入れば音楽の話ができる友達が増えるだろう」、それくらいの気持ちで東京の大学を受験し、何とか1つだけ受かったのでその大学に入学した。

音楽と私 -大学生活とバンド-

当然私はそのバンドサークルに入った。ギターを弾いてみたかったが、内部進学者がなかなか多いのもあり、未経験の私が今からギターを弾いても誰にもかなわないことをすぐに悟ったのでシンセサイザーや女性ボーカルの曲のコピーバンドをやったりしていた。余談だが、いつも名乗っている「オリビア」という名前はこのバンドサークルで同期に適当に(本当に適当に)つけられたあだ名だった。もう連絡は取っていないけれど、こんなに長く使う名前になるとは思っていなかったしその同期には本当に感謝している。

音楽好きにはよくある話だと思うのだが、私も例にもれず「好きになったバンドのメンバーが好きなバンド」を聞いてどんどん深堀りをしていくというのを繰り返していた。ロック畑の人なら、はっぴいえんどかビートルズか、どちらかまでたどり着くことが多いのではないのかと思う。私の場合は日本語が好きだったので、はっぴいえんどが好きになった。CDももちろんだけれど、バンドスコアも持っている。何度も何度も聞いて、コピーバンドもやって、サークルの先輩に誘われて大瀧詠一さんオマージュの「ゆめみるフラッター」という曲を出したりもした。

同期たちの好きなバンド、そしてロックンロール

私は日本語ロックがすきなのではっぴいえんどやはちみつぱい、少し新しくなるがYMOなどを聞いていた。しかし、はっぴいえんどをはじめ日本語ロックの創始者たちが、世界的ロックバンドであるザ・ビートルズの影響を受けているという知識は当然持っていた。だが、有名すぎるがゆえに「Help!ってイトーヨーカドーでレジ人員足りない時にかかる曲だよね。あと、なんでも鑑定団」みたいに、ザ・ビートルズを0から聞くことができなかった。

私の同期たちは当然のようにザ・ビートルズを通っていた。ほかのジャンルでもそうだと思うが、神の領域になるまで好きになったものの話をわざわざする人はあまりいないと感じる。ビートルズというバンドのメンバーも4名中2名亡くなっているため新しいコンテンツが出ないのも一つの要因だ。なのできちんと聴く機会はなかったが、同期たちのビートルズのコピーバンドは何度も聞いたし、音源も大体は聞いたことがある。でも、「ちゃんと」聞いたことがなかった。

何年前か忘れたが、映画『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ 』をアマプラかHuluかなにかのサブスクで見た。ビートルズ結成前のジョン・レノンを主人公とした、実話に基づいたフィクション映画だ。その映画でビートルズの結成の理由を何となく知った。また、知識として、1969年のループトップコンサートが彼らの最後のライブとなり、その年にロックが死んだと言われている(所説ある)ことも知っていた。なお、現時点でノーウェアボーイは日本のサブスクでは見られないようで、DVDかBlu-rayを買うか借りるかしないとみられないようなのでそこは面倒なところである。

Disney+ でのビートルズ未公開映像の公開

経緯は知らないが、なぜかDisney+独占で『ザ・ビートルズ:Get Back』という配信が始まった。伝説のループトップコンサートに至るまでの、1969年1月の未公開映像・未公開音源をどうにかこうにか編集し6時間に収めたという超大作だ。ディズニー映画で見たいものもたまってきたところであったし、いい機会なので契約し何とか頑張って見終えた。ここに関しては完全にネタバレになるので詳細は省くが、ルーフトップコンサートに至るまでの経緯や当日の状況などが詳細に記録されている。こんな貴重なものをなぜアップル・レコードは表に出さなかったのかと不思議でならなかったが、いろいろとあったのだろう。見終えた今だから言える、いろいろあったのだろう。

IMAXで5日間限定の『ザ・ビートルズ Get Back: ルーフトップ・コンサート』の公開

Disney+のビートルズ特集を何とかして見終え、2月9日(水)~13日(日)IMAX限定公開されていた『ザ・ビートルズ Get Back: ルーフトップ・コンサート』を見てきた。65分ほどの実録映画だが、主にルーフトップ当日の様子がきれいに残されていて、「これは私がビートルズオタクだったら泣いていただろう」というような時間だった。実際、詳しくない私でも、少し泣きそうになった。

SNSもない時代にアップル社の周りに人だかりができていること、近隣ビルの屋上に上がってビートルズを観ている人たちがいること、仕込みともいわれているし仕込みでも構わないが警察が来ていること(そしてその警察が帽子のゴムひもをなぜか顎前に垂らし何度も口に入っていること)、入っているスチールカメラがどう見てもフィルムカメラなのだがこれはサブカルだからではなくあの時代にはフィルムカメラしかなかったからであること、ビルの周りの人だかりにアップル社がインタビューをしているが、絶賛の声も「寝ていたのに起こされて最悪の気分だ」と答えている人もどちらも載せていること、近隣ビル屋上から曲の合間にビートルズに「Rock ‘n’ Roll !」とさけんだ観客にポールが「You too !」と答えていること。書ききれないが、これらがすべて、つい数年前に起こったことかのようにきれいな映像でリアルに残されていた。もちろんそういった処理はしているだろうが、地上波アナログ時代のテレビの映像よりよほどきれいで、「この伝説の人たちは存在したんだ」、そう思った。

Get Back とは、復活であるとか、原点回帰という意味である。ループトップで Get Back を果たした彼らはその後ライブをすることはなかった。解散したというよりは、空中分解をしたのだろう。

終わりに

私はまだ、The Beatles という世界的ロックスターのことをよく知らない。だけれど、知ろうと思った。IMAX上映は終わってしまったが、Disney+の『ザ・ビートルズ:Get Back』はこれからまだ長い間見ることができるだろう。

このブログを見てもし彼らに興味を持った人がいれば、Disney+の特集を見てほしい。IMAXという環境で見ることができないだけで、Disney+のほうが最後の1か月を詳細に描写している。
彼らのことをまだよく知らない私は、まずは Please Please Me を通して聴くところから始めようと思う。順番に聴いていって、Abbey Road を聞いたらまた Disney+の特集を観ようと思う。

Paris 2024 のころには、海外旅行ができる世の中になっているだろうか。もしなっていたら、フランスとイギリスを旅行して、Abbey Road の横断歩道を渡ってみたい。

そんな未来が来ることを願っている。